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2007年09月21日 アーカイブ

2007年09月21日

八百屋お七 ~江戸時代の悲恋物語~

皆様、目黒雅叙園の入口にある『お七の井戸』をご存知でしょうか?

・・・井戸というと怖いイメージを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
でも、この『お七の井戸』は、お七という16歳の少女が、好きな人にもう一度逢いたくて、
家に火を放ったという悲しくて切ないラブストーリーなのです。

~火事で結ばれた縁~

1682年12月28日
八百屋八兵衛一家は大火に遭い、菩提寺に避難します。
八兵衛の養女のお七は、その寺で小野川吉三郎と恋に落ちます。
その後、再建された家に戻ったお七は、吉三郎会いたさに家に火を放ってしまいます。

16歳という少女ながらに『会いたい』という気持ちを、考えに考えた行動だったのです…(>_<)

幸い、小火ですんだのですが、付け火は当時の大罪であった為、
お七は火あぶりの刑に処せられました。
当時の南町奉行所は、恋心故の犯罪であったと同情し、16歳になったばかりのお七に、
『確か歳は15であったな』と温情を示したというエピソードが残っています。

当時15歳以下は死罪ではなく、離島であったといわれています。
しかし、ここで嘘をつけば自分の気持ちまで嘘になってしまうとでも思ったのでしょうか、
お七は頑として16歳だと言い張ったそうです…

・・・一途で、素直な子だったんだろうというのが凄く伝わってくるのは私だけでしょうか?

彼は事件の事を知らされずにいて、初めて事件を知った時には、自殺まで考えたといいます。
ですが、周囲の強い説得で、自殺をするのをやめて、
菩提を弔うために、出家をし荒行に入りました。
目黒不動堂から浅草観音堂への往復10里すること1万日。
つまり27年間!!! (@○@)!!!すっすっすごい!!

『お七の井戸』はその荒行のときに、吉三郎が水垢離を取った井戸と伝えられています。


毎日自分を思ってくれたお七の事を考え、
吉三郎もお七の気持ちに応えていたのではないでしょうか。
なんて切ないラブストーリー …グスン(。>_<。)

また、明王院(現在の目黒雅叙園)に常念仏堂を建立した他、
行人坂(先日のブログでご紹介をした目黒雅叙園に来る途中の坂道)を石畳に直し、
社会事業にも尽力したと伝えられています。


きっとお七は一生分の恋をし、一生分の愛を受けたのではないかと思います。
『お七の井戸』は
ずっとお互いを思う気持ちで繋がっていられるパワースポットのようなが気がします。

皆様も、ご来園の際は足をとめて、
お七と吉三郎のエピソードを思い出し、
隣にいる相手の事をもっと大切にしようと改めて思って下さいね(^^)

IMG_1741.JPG

(ブライダルコーディネーター 鈴木)