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シリーズコラム「見えないものに価値がある」

五粒のイチゴ

2011-06-20

ブッフェが好きだ。食が細いので、たくさんは食べられない。

でも、「どれにしようかな」と料理の盛られたプレートを見てぐるぐると見てまわる。

それがブッフェの楽しみのひとつである。

目黒雅叙園の西欧料理「クラブラウンジ」の、ランチブッフェでのこと。

若い母親が、三つくらいの男の子と一緒にデザートの辺りをうろうろしていた。

 

その日、シェフのⅠさんは、ショーキッチンで鉄板焼きやパスタなどをお客様の目の前で作っていた。

出来立ての料理を提供するためだ。

ふと、その母子に目がいった。その瞬間、「もしやと」思い母親に尋ねた。

「どうかなさいましたか?」

「この子にアレルギーがあるので・・・」という。

思った通りだった。仕事柄、お客様の食物アレルギーには気を遣っている。

そのアレルゲンはソバ、卵、牛乳、小麦、エビ・カニなどの甲殻類など多岐にわたる。

度合いによっては生命の問題にも関わることもある。

重度の人は、卵を溶いたボウルや泡だて器の隅に、

微かに付着していた量だけでもアレルギーが出てしまう。

それだけに、料理人としては気が抜けないという。

聞けば、その男の子は、卵と牛乳がダメだとおっしゃった。

 

Ⅰさんは「気の毒に」と思った。ケーキはもちろんのこと、

パン類やアイスクリームにも卵や牛乳は用いられている。

一見、大丈夫そうに思えるシャーベットにも含まれている。ほとんどのデザートが食べられない。

子供にとってみれば、目の前にあるデザートがなんと残酷なものに映ることだろう。

悲しそうに席に戻っていった。

 

Ⅰさんは、ふと思いついて厨房に走った。「たしか少し残っていたはず・・・あった!」

小皿にイチゴを乗せて、先ほどのご家族のテーブルにそっとお持ちした。とっさの機転だった。

ほんの五粒だけだけど。テーブルに、パッと笑顔が広がった。

 

「機転」。見えないものに価値がある。