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シリーズコラム「見えないものに価値がある」

「お客様からの一通の手紙」

2010-01-20

女性のお客様Aさんから目黒雅叙園に、一通の手紙が届いた。 それはお父様と目黒雅叙園にまつわる遥か昔のお話だった。 Aさんのお父様は、戦前、樺太で青年時代を過ごされた。 軍靴の足音が忍び寄る頃のこと、パイロット養成所の門戸を叩いた。 厳しい試験がある。 札幌、旭川などで何度かの試験をクリアしてのち、 茨城県の土浦にあった航空隊で最終試験に臨んだ。 その試験当日の朝、目を覚ますと父親(Aさんの祖父)が旅館に来ていた。 予期せぬことで驚いた。 顔を見るなり、「今日の試験は絶対落ちれ」と言う。 たぶん最初は、応援のために樺太からこっそりと駆けつけてくれたのだろう。 しかし、父親は、その前日に泊った宿で、隣室から聞こえてきた恐ろしい言葉を耳にしてしまう。 「この若者たちは、遅かれ早かれ命はない。かわいそうに。」 隣室の客は、まさしくその日に息子が受ける面接の試験官であることを知った。 父親の言うとおり、面接試験にはのらりくらりと答え、思惑通り不合格になった。 東京の親戚も誘って、親子で目黒雅叙園で食事をした。 食料事情が乏しくなる直前のことで、いままで味わったことのないような山海の珍味と、 荘厳な建物に感動して帰途に着いたという。 otegami.jpg その後、合格した友人は帰らぬ人となったことを知った。 さて、Aさんはこの話を、お父様が卒業した旧制中学の同窓会の会報で知った。 そこには、 「命を救ってくれた恩返しに、いつかもう一度目黒雅叙園に父親を連れて行ってやりたかった」 と書かれてあったが、それを果たせぬままに他界した。 鬼籍に入った父親と祖父の二人を偲びつつ、妹夫婦とともに80周年を迎えた目黒雅叙園を訪ね、 「ここが、あの・・・」 と、いてもたっても居られぬ思いで、便りをくださったのだった。 Aさん、どうかいつまでもお元気で。 「思い出」。見えないものに価値がある。
「雅」Vol.32 掲載