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シリーズコラム「見えないものに価値がある」

プチ・ウエディングケーキ

2011年11月16日

その日、目黒雅叙園の女性ベルスタッフ・Yさんは、宿泊される一組のカップルを玄関で待っていた。

できるかぎりの気配りをしたいと思いつつ。

それは予約係から、こんな話を耳にしていたからだった。

奥様は妊娠八ヶ月。

なかなか外出もままならない。

初めての出産を控えての不安から、知らず知らずのうちにストレスもたまる。

そんな奥さんのことを思いやり、ご主人は目黒雅叙園でゆっくりと一泊過ごすことを企画されたのだ。

さらに、もう一つ。午後3時チェックイン。少し寛いだ頃に、サプライズが届くという手はずだ。

 

午後6時。ご主人の指示通りに、ベルのYさんがドアをノックする。

ワゴンで運び込まれたのは、「プチ・ウエディングケーキ」だ。

結婚式の披露宴で用いるウエディングケーキのミニサイズ。

でも、ちゃんと二段積みになっておりボリュームはたっぷりだ。

奥さんが、「わあ、食べきれないねー」とはしゃいで声を上げられた。

ケーキの頂上には、チョコレートのプレートが飾られていた。

「もうすぐ出産、頑張ってね」

こ主人からのメッセージだった。

ケーキを前にして、Yさんは、記念写真を撮って差し上げた。

 

他にも何かお役に立てないかと考えた。

しかし、独身の自分にはお腹の大きな人の気持ちがわからない。

そんな中、中学生のときに、保健体育で妊娠中の女性の体験授業をしたことを思い出した。

錘(おもり)の付いたベストを着て歩く。重くて足がふらついてしまう。

 

そこで、ひらめいた。

浴室で滑らないようにと、「滑り止めマット」を用意した。ことのほか、喜んでいただけたという。

チェックアウトの際に、おふたりから「ありがとう」と声を掛けていただいた。

幸せそうな姿を見て、Yさんも幸せな気分になったという。

 

「夫婦の愛」。見えないものに価値がある。

楽しい時間をありがとう

2011年09月23日

「いい夫婦の日」というのをご存じだろうか。語呂合わせの11月22日だ。

目黒雅叙園にも「夫婦の日」というものがある。こちらは毎月22日。

園内のレストランで事前予約をしてコース料理やブッフェを夫婦ふたりで食べると、

料金が半額になるというお得な限定サービスだ。

 

さて、その「夫婦の日」に中国料理「旬遊紀」を白髪のご夫婦が訪れた。

接客したサービススタッフのFさんが、前菜、フカヒレスープ、海老の塩炒め、

北京ダックと料理を運ぶ。

 

ところが、一品ごとに、少しずつ料理を残されてしまった。

厨房の料理人は皿が下がってくると、食べ残した料理が気になる。

「お口に合わないのかな」と。

 

何品目かで奥様がこうおっしゃった。

「歳をとると、だんだんと食が細くなってしまって。でも、2人とも美味しいものを

いろいろ食べたいという気持ちは変わらなくて、ここへお邪魔するのよ」

 

Fさんは嬉しくなった。

作ってくれた料理人、そして応対してくれるFさんに対する気遣いから、

さりげなく「お腹がいっぱいになるので、少しずつ残してごめんなさい」

という気持ちを伝えてくださったのだった。

 

「気になさらないでくださいね」と答えると、

「だんだんと世代は代わっていきます。私たちも周りの人たちを

楽しませるように働いてきました。でも、年老いてしまって…。

今度はあなたたち若い方が端(はた)を楽にさせる気持ちで働いてね」

とおっしゃった。

 

Fさんは大阪の親元から離れて働いている。

そんな両親の代わりに、温かい言葉をもらったような気がした。

帰りぎわにその奥様から、「楽しい時間をありがとう」と、

手作りの携帯ストラップをプレゼントされた。

 

お客様に尽くすつもりで働いている。でも、お客様から学ぶことも多い。

それは若く未熟な自分に対しての「親ごころ」だと思っているという。

 

「親ごころ」。見えないものに価値がある。

五粒のイチゴ

2011年06月20日

ブッフェが好きだ。食が細いので、たくさんは食べられない。

でも、「どれにしようかな」と料理の盛られたプレートを見てぐるぐると見てまわる。

それがブッフェの楽しみのひとつである。

目黒雅叙園の西欧料理「クラブラウンジ」の、ランチブッフェでのこと。

若い母親が、三つくらいの男の子と一緒にデザートの辺りをうろうろしていた。

 

その日、シェフのⅠさんは、ショーキッチンで鉄板焼きやパスタなどをお客様の目の前で作っていた。

出来立ての料理を提供するためだ。

ふと、その母子に目がいった。その瞬間、「もしやと」思い母親に尋ねた。

「どうかなさいましたか?」

「この子にアレルギーがあるので・・・」という。

思った通りだった。仕事柄、お客様の食物アレルギーには気を遣っている。

そのアレルゲンはソバ、卵、牛乳、小麦、エビ・カニなどの甲殻類など多岐にわたる。

度合いによっては生命の問題にも関わることもある。

重度の人は、卵を溶いたボウルや泡だて器の隅に、

微かに付着していた量だけでもアレルギーが出てしまう。

それだけに、料理人としては気が抜けないという。

聞けば、その男の子は、卵と牛乳がダメだとおっしゃった。

 

Ⅰさんは「気の毒に」と思った。ケーキはもちろんのこと、

パン類やアイスクリームにも卵や牛乳は用いられている。

一見、大丈夫そうに思えるシャーベットにも含まれている。ほとんどのデザートが食べられない。

子供にとってみれば、目の前にあるデザートがなんと残酷なものに映ることだろう。

悲しそうに席に戻っていった。

 

Ⅰさんは、ふと思いついて厨房に走った。「たしか少し残っていたはず・・・あった!」

小皿にイチゴを乗せて、先ほどのご家族のテーブルにそっとお持ちした。とっさの機転だった。

ほんの五粒だけだけど。テーブルに、パッと笑顔が広がった。

 

「機転」。見えないものに価値がある。

しゃしんの おじさんへ

2011年06月18日

目黒雅叙園には、結婚式の他、入学式、還暦、金婚式など記念日を写真に残す

アニバーサリーフォトプランというものがある。

園内の滝や野立て傘、らせん階段など「絵になる」スポットをバックに写真を撮る。

 

ある日、二十歳と七歳の姉妹が、成人式と七五三の記念写真を撮るため、家族と一緒に訪れた。

担当をしたのは専属カメラマンのKさんとHさん。

2人は、特に七歳の女の子のことが気がかりだったという。

何しろ着付とメイクだけでも一時間半はかかってしまう。

2人同時ということもあり、撮影は1日にも及ぶ。

大人でさえも疲れてしまう。とにかく、飽きさせないようにと気を遣った。

 

螺鈿細工の壁の前では、「このキラキラするのは何だと思う?」とクイズを出す。

「貝殻の内側を貼り付けたものなんだよ」と言うと、目を輝かせて食い入るように見る。

その瞬間をパチリッ!

ガーデンチャペルの前では、「ガラスに顔が映ってるね」と話しかけると、鏡のようにして覗き込む。

その瞬間をパシャ!

写真を撮ろうとするのではない。目黒雅叙園をテーマパークに見立てて一日遊んでもらう。

 

カメラマンの一番の仕事は、「撮る」ことはもちろん、「本人に楽しんでもらう」ことが大切なんだろう。

しかし、言うは易し行うは難し…「何か他にもコツがあるんじゃないですか」と尋ねると、

Kさんはこんなことを話してくれた。

「実は私、中学2年の男の子を頭に、二歳の女の子まで5人の子持ちなんですよ。

私は本当に子供が好きだから、ついつい一生懸命になってしまう。

その気持ちが自然と伝わってしまうのでしょうね」と照れ笑いされた。

 

後日、その七歳の子から手紙が届いた。

「しゃしんの おじさんへ。しゃしんをとってくれてありがとうございます。ほんとうにたのしかったよ」。

ペンギンとゾウさんのかわいい便箋で。

 

「一生懸命な気持ち」。見えないものに価値がある。

感謝の気持ちを伝える日

2011年03月07日

目黒雅叙園のウエディングプランナー・Eさんは、挙式の打合せの際に
新郎新婦からこんな相談を受けた。


「両親に、今まで育ててくれた感謝の気持ちをみんなの前で伝えたい。
何か良いアイデアはないでしょうか」と。

 

披露宴のエンディングに、新婦がご両親に対して感謝の手紙を読む。
その時、新郎も一緒に手紙を読んだらどうでしょう、と提案。
ところが、新郎が「それは勘弁してください」と言う。
とても涙もろいので、恥ずかしいけれど間違いなく自分の方が泣いて
しまうからと言われた。
いろいろ話をするうちに、ふたりの共通の趣味が音楽であること
から、「歌のプレゼント」をすることにした。

 

最初は、ご両親へのプレゼントのつもりだったが、参列してくださる
皆さんへも感謝の心を込めて歌おうということになった。ところが、
さらなる問題が…。
選曲が難しい。老若男女、誰もが知っていて誰もに愛されている曲で
なければならない。なかなか決まらず、次回の打合せまでの宿題
となった。

 

そんな折、Eさんがたまたまテレビを見ていたら、松田聖子さんが画面
に現れた。
「これだ!」と思い、ふたりに「赤いスイートピー」はいかがですか?
と提案。「いいですねぇ」と笑顔で即断。カラオケでの練習が始まった。

 

当日、ふたりは心をこめて歌った。おふたりのご両親は目頭を熱くされた。
さらに、参列者のみなさんも一緒に口ずさみ、会場は温かな空気に包まれた
という。

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以前、敬虔なクリスチャンである友人から、こんな質問をされたことがある。
「誕生日って何の日か知ってるかい?」と。

 

戸惑っていると、「誕生日というのはね、その日まで育ててくれた両親、そして

周りの人たちに感謝する日なんだよ」と言われた。


ドキッとした。
幼い頃から、誕生日といえば、プレゼントをもらいケーキでお祝いしてもら
う日だと思い込んでいたからだ。

 

結婚式もしかり。単に祝ってもらうのではなく、感謝の気持ちを伝えたいと
いう、このおふたりに頭の下がる思いがした。

 

「心のこもった歌」。見えないものに価値がある。

抱っこしていただけますか

2011年01月20日

ある日、赤ちゃんを抱えた一人のお客様が、
目黒雅叙園の衣裳課を訪ねてきた。
「Nさんはいらっしゃいますか」。
Nさんは、その女性の顔を見るなり、「ああ」と声を上げ
一年前のあの出来事を思い出した。

 

新婦さんの希望で、ウエディングドレスは
マーメイドのデザインで作ることになっていた。
まさしくアニメに登場する人魚のようなスタイルの方だった。

「きっと素晴らしいドレスが出来てきますよ」と言い、縫製に取りかかった。

 

ところが、である。しばらくして新婦さんからNさんに電話が入った。
「どうしましょう!」
聞けば、お腹の中に赤ちゃんがいることがわかったのだという。
挙式まで3ヶ月。そう、3ヶ月後には、お腹が大きくなっていて
マーメイドドレスだけに着られなくなっている可能性が高い。
おそらくファスナーが上がらないだろう。

 

Nさんは急いで縫製工場に電話をした。
しかし、もう完成間近。今から修正は効かない状況だという。
困った。本当に困った。
手元に届けられたドレスを手にして考えた。
スタッフみんなでアイデアを出し合う。

 

「よし!これでいきましょう」とお直しの作業が始まった。

 ドレスの背中の真ん中部分を下まで大きくカットする。
ファスナーもはずす。
そして、カットした両側に布を当てて補強し穴を開け、
ひもを交互に通して網目状になるように編み上げていく。
不自然にならないように、丁寧に丁寧に。

その甲斐あって、まるで最初からそういう注文であったかのような
素晴らしい出来上がりになった。

 

「あの時のお腹の子です。抱っこしていただけますか」と言われ、
「はい、喜んで」と答えた。

 

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腕の中で赤ちゃんが笑っていた。温かくなった。
体温を感じる。まるで湯たんぽを抱いているような。
それはやがて、心の奥にまで伝わってきた。

 

「ぬくもり」。見えないものに価値がある。

「雅」Vol.38 掲載

結婚式に反対!?

2010年08月24日

目黒雅叙園・衣裳課のAさんから、こんな話を伺った。


あるカップルが結婚式を挙げることになった。
一緒になってもう15年以上というご夫婦だ。
当時は二人とも仕事が忙しくて、挙式も新婚旅行もできなかった。
そのまま時が流れてしまった。
「今さらだけど、きちんとしたい」
というお互いの気持ちが強く、結婚式・披露宴の段取りをすすめていた。


ところが、である。
新婦のお母さんが、結婚式に反対しているという。
もちろん、二人の結婚に反対なのではない。
「今さら、お金をかけて派手なことをする必要はない」
とおっしゃっているらしい。
けっしてケチというわけではなく、世代的には「もったいない」の精神が理由らしい。
たいていの場合、両家の親が立派な結婚式を挙げたがる。
それとは逆という意味で珍しいケースであった。
お母さんは、「無理にというなら、私は出席しないわ」とまでも。
そこで新郎が「一緒に食事でも」などと方便を言って、
新婦の衣裳合せの際にお母さんを連れてくることになった。
新婦が真っ白なドレスをまとい、着替えのブースから現れた。

結婚式に反対!?

それでもお母さんは無表情だった。
その目の前で、ティアラ、イヤリング、ネックレスと身につけていくに従い、
表情が徐々にやわらかくなっていくのが見てとれた。


最後に手袋をはめて、スッと立ち上った姿を見た瞬間。
お母さんの頬に一筋の涙が落ちた。
そう、母親である。本当は娘の晴れ姿を見たかった。
でも、ちょっとだけ意地を張ってしまっていただけのことだった。
そんな心の奥底にある声を、新郎が察して背中を押してあげたのである。
なんとお母さんの提案で、予定していなかったピンクのドレスのお色直しまですることになってしまったそうだ。


「心の声」。見えないものに価値がある。

「雅」Vol.36 掲載

「円卓の愉しみ」

2010年07月30日

ご存じだろうか。
目黒雅叙園には、日本で初めて、いや世界で初めてという記念すべき設備がある。
中華料理の円卓だ。
今では全国どこででも見られるこの回転テーブルは、目黒雅叙園の「旬遊紀」で生まれた。
それが人気を呼び、とうとう本場の中国でも用いられるようになったのである。

 

さて、「旬遊紀」のスタッフSさんから聞いた話。
誕生日や還暦など、お祝い事で利用されるお客様には、お祝い用のメニューがある。
大皿に北京ダックや鯛の塩釜焼きが運ばれる。
それをSさんが皆さんに料理名を告げ、一旦披露してから各々の皿に取り分けて差し上げる。
この「取り分ける」という作業は、スタッフの重要な仕事の一つである。
しかし、北京ダックは別にしても、取り分けやすい料理については、
お客様に「いかがされますか」と尋ねることにしている。
すると、ほとんどのお客様が「自分たちでやります」とおっしゃるのだという。
それが、中華の愉しみの一つだからだ。

 

円卓を回して、好きな料理を好きな量だけ自分で取る。それだけではない。
「そっちのお醤油を回してくれる」とか「ねえ、紹興酒はいかが」と言い、
円卓の上に乗せてクルクルッと回す。手渡しするのではなく、あえて円卓を回す。
みんなの目の前を紹興酒が通り過ぎていく。

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「大丈夫? おじさん、飲みすぎないでね」とか「僕も飲もうかなぁ」なんて会話が広がる。
料理を囲むうちに温もりが生まれるのだ。
その温もりは円卓の「丸」という形にも由縁があるのではないだろうか。
昔、一般家庭の食卓には円卓があった。
いわゆる卓袱台(ちゃぶだい)である。
家族全員が顔を見合わせて食事をする。
そんな懐かしい情景を無意識に思い浮かべる。

 

「郷愁」。見えないものに価値がある。

「雅」Vol.35 掲載

「え!? ピンセット!」

2010年05月21日

目黒雅叙園の広報担当・Hさんは、仕事に疲れると「緑」を見るようにしているという。
この時期、日々濃くなっていく木々の緑を目にするだけでリフレッシュできる。
とはいっても、忙しい仕事の最中に散歩に出掛けるわけにもいかない。
そんなときには、ふと事務所の窓から外を眺める。
そこには、水と緑に囲まれた「ガーデンチャペル」がある。
建物の屋上庭園に配された、都会のオアシスを感じさせるチャペルだ。
その前には、まぶしいほど鮮やかな芝生のじゅうたんが広がっている。
この緑を見ると、心までもが癒されるという。

 

さて、ある日のこと。その芝生の上に人影が見えた。
「なんだろう」と思い目を凝らすと、作業着の男性がしゃがみこんで何かをしている。
その後、ちょうどガーデンチャペルに行く用事があったので、近づいて声をかけてみた。
「おはようございます。何をしていらっしゃるんですか」
「ああ、草を取っているんですよ」
作業着の人は、目黒雅叙園の庭園管理をしている庭師さんだった。
芝生を育てる一番の苦労は雑草なのだという。
風に乗ってこんなビルの上までも雑草の種子が飛んでくる。
ときには、鳥が運んでくることもある。ほっておくと、芝生は草でぼうぼうになる。
「普通はね、除草剤を撒くんですが私は使いたくないんです。
万一、ここで幼い子がハイハイをしても危なくない環境にしたい。
そのために、コレを使っているんです」
と笑顔で目の前に差し出されたものは・・・。

 

「え!? ピンセット!」

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なんと一本一本、芝生の中からピンセットで雑草の芽を抜いているというのだ。
なんという手間だろう。
そして、その手間のおかげで美しい緑を楽しむことができる。

 

「手間」。見えないものに価値がある。

 


「雅」Vol.34 掲載

「花嫁が来ない!」

2010年04月16日

ある年の暮れも押し迫る、12月28日のこと。

共にバレエ劇団で活躍するカップルが、目黒雅叙園で挙式をする予定だった。
ところが、新婦と、そのご両親が、時刻になっても到着しない。
そこへ電話が入った。道路の渋滞につかまり、ずっと動かないという。

3週間前に、新婦さんが足をケガをした。
車椅子が必要になったため、
お父さんが自家用車を運転して式場へ向かった。

会場では、皆さんが心配して待っている。
新婦のお母さんは、いてもたってもいられず車から降りて、
娘さんを乗せた車椅子を押して、歩道を走り始めた。
最寄りの駅を目指し、寒風の中を駆ける、駆ける!! 

道行く人たちは、「いったい何事だろう」と振り向いた。
さもありなん。お母さんは、華やかな衣裳を身にまとい、
大きなバッグを抱えて必死な形相。
それだけではない。
車椅子には、たくさんのリボンがデコレーションされていた。
改札口で「何事ですか」と駅員さんに声をかけられた。
事情を話すと、込み合う構内をホームまで「すみません、通してください」
とエスコートしてくれた。通り掛かりの人たちも、
階段を一緒になって車椅子を運んでくれた。

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ようやく到着。
待機していた目黒雅叙園のスタッフが、
大急ぎで新婦の衣裳や化粧の支度をして、挙式・披露宴が始まった。
さて、それまでの出来事をよそに、つつがなく進行し、新郎・新婦が退場の場面。
ドアの前で、新郎は車椅子の新婦を、ヒョイと抱きかかえた。
それはまるで、バレエの舞台のようだった。
ヤンヤの喝采。
そんなドラマの影には、新婦の母親の愛があった。
もちろん、そのことを会場の誰も知らなかった。

「愛」。見えないものに価値がある。

「雅」Vol.33 掲載